今年還暦になる教え子たち

 還暦祝辞


 60歳をも迎えた皆さんへ   36H担任 枝村 泰代


学生服とセーター服を着ていた15歳の皆さんが60歳になったのですね。そう思うだけで、胸が一杯になります。

この45年間に永田君が残念ですが、他界しました。心からお悔やみ申し上げます。幸い他の方は皆さん、60歳を迎えられたとのこと、本当におめでとうございます。12回3年生を担任しましたが、そういうクラスは皆さんだけです。素晴らしいことだと思います。

中学3年生というのは、周りの大人が考えているより、多感な時代です。そんな大切な時に育休で3か月も休むなどという教師は、今でもあまりいないのではないかと思います。皆さんとお家の方々、同僚や家族の支えがあってこそ出来たことです。今更ながらですが、本当にありがとうございました。あの時生まれた娘真紀も高校3年生と高校2年生の子どもを持つ45歳になりました。

皆さんは、いかが暮らしていますか。60歳からは時間的に自由になる面をありますが、まだまだ仕事や介護、孫育て、自分の健康問題等々が両肩にあるときでもありますね。
私も54歳から72歳まで母の介護でした。その中で介護関係の方や老人の皆さんにたくさんのことを教えてもらい、新しい繋がりも出来ました。又退職時にお話ししたボランテイア活動「寺子屋枝さん」は、今も続いています。小学生から、中・高・大学生や成人と異年齢の方々ですが、若いエネルギーを毎日貰っています。

これから60歳を迎える皆さん、人生はこれからです。自分に出来ること、やりたいこと、やらなければならないことを、あせらずに気持ちを込めて続けながら、社会と繋がっていく60歳代はいかがでしょうか。人と人との温かい繋がりは大切な財産ですものね。

そんなつながりを大切に出来るのも平和な社会あってのことです。戦争体験者として、70歳を超えたものとしてつくづくこの頃そう思います。そんな意味で、私の戦争体験記を書いてみました。誰もが生き生きと楽しく暮らすことを望んでいます。お互いに60歳を過ぎました。そんな社会に対する責任も持っていたいですね。

生きていることは美しいことです。健康に気を付けて、これからも長くお付き合いしましょうね。最後に私が自省の念を込めて側に置いている詩を紹介します。
 それは表口からベルを押して入って来はしない
 父親は  仕事に追われ
 母親は  勉強しなさいとしか言はず
 子どもは 友情を失い 連帯を忘れ
 偏差値ではかられ 考える力をうばわれて
 日常が 非人間化することになれてしまった家の庭に
 ファシズムは 黙って種をまいていく
小森香子「日本人は今」より

2015年5月3日 憲法記念日に寄せて









copyright (C) 2002-2009 All rights reserved terakoya edasan